古い器が今も残っているのは、
丈夫だったからだけではありません。
誰かが大切にしてきたからです。
そして、これからも残していくためには、
器を知る人、扱う人、直す人の存在が欠かせません。
古い器には、長い年月の中で傷がつくことがあります。
欠けることもある。 時には割れてしまう。 それでも、修理によって再び使えるようになる器があります。
日本には、壊れた器を直しながら使ってきた文化があります。
金継ぎも、その代表的なひとつ。
割れや欠けを完全に消して新品のように戻すのではなく、その痕跡を景色として残す。
「壊れたから終わり」ではなく、
「壊れたあとも使い続ける」 という考え方です。
これは、これからの器づくりを考えるうえでも、大切なヒントになります。
現在の陶器産業は、原材料費や燃料費、人件費などさまざまなコストの上昇に直面しています。
また、産地では後継者不足も課題になっています。
技術を持った職人がいても、その技術を次の世代へ伝えられなければ、長い歴史はそこで途切れてしまう。
だからこそ、器を買うこと、使うこと、修理することにも意味があります。
一枚の器を選ぶ。
その器を毎日使う。
壊れたら、直せる方法を考える。
そして、いつか誰かに渡す。
それは小さな行動ですが、つくり手の仕事を支え、技術を残すことにもつながります。
器は、完成した瞬間が終わりではありません。
誰かの食卓に置かれたときから、次の物語が始まります。
古伊万里が何百年もの時間を越えて私たちの前にあるように、
今つくられている器も、何十年後、何百年後に誰かの手に渡るかもしれない。
残すためにつくる。
使うために残す。
その循環を、今の暮らしから始めてみたいと思います。
この記事へのコメントはありません。